神奈川新聞 特別連載 K100 神奈川高校野球 全国のライバル編
荒木大輔(早稲田実業)
連載記事 上:横浜、一番嫌いな感じ 下:「自分以上」という幻影
関連試合 ・1982年春 早稲田実業vs横浜商業 ・1980年夏 早稲田実業vs横浜
コメント:1件
荒木 大輔投手
当時大輔フィーバーと呼ばれ 初々しさとさわやかさが 大きくクローズアップされていました☆
端正なマスクそして礼儀正しいマウンド捌きも、さらに彼を引き立てたものと思います。
しかし私はそんな荒木投手の中に、2つの別の光を見つけることが出来ました。
そのひとつは、ポーカーフェイスです。 まさに沈着冷静、ピンチにもチャンスにも全く踊らされることなく、表情ひとつ変えず坦々と投げ続けました。 自分の心理状態を相手に見破られないために、全ての事象に対して一喜一憂を絶対に見せない。 これを1年生投手が見せたこと。並みいる甲子園の強豪校もそれが大きな脅威となったに違いありません!
そしてもうひとつは 正確なボールコントロールです。 配球については、上級生捕手のサインに従ったことと思いますが、その要求に対して寸分違わぬコントロールで見事なまでに4つのコーナーへボールを通し続けていました。
当時キレの良いボールを投げてはいたものの、打者が手も足も出ないほどのスピードボールを持ち合わせてはいませんでしたが、勝ち上がり積み重ねていく自信とともに、繊細なボールコントロールと併せて【心】のコントロールの正確さこそが荒木投手の真骨頂とも呼べたことと私は強く確信しています!
故に そこから始まった 甲子園5季連続出場の偉業も 私には、ほぼ予測可能な当然の結果であったことは言うまでもありません。
まさに歴史に残る大投手ですね。
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荒木 大輔投手
当時大輔フィーバーと呼ばれ
初々しさとさわやかさが
大きくクローズアップされていました☆
端正なマスクそして礼儀正しいマウンド捌きも、さらに彼を引き立てたものと思います。
しかし私はそんな荒木投手の中に、2つの別の光を見つけることが出来ました。
そのひとつは、ポーカーフェイスです。
まさに沈着冷静、ピンチにもチャンスにも全く踊らされることなく、表情ひとつ変えず坦々と投げ続けました。
自分の心理状態を相手に見破られないために、全ての事象に対して一喜一憂を絶対に見せない。
これを1年生投手が見せたこと。並みいる甲子園の強豪校もそれが大きな脅威となったに違いありません!
そしてもうひとつは
正確なボールコントロールです。
配球については、上級生捕手のサインに従ったことと思いますが、その要求に対して寸分違わぬコントロールで見事なまでに4つのコーナーへボールを通し続けていました。
当時キレの良いボールを投げてはいたものの、打者が手も足も出ないほどのスピードボールを持ち合わせてはいませんでしたが、勝ち上がり積み重ねていく自信とともに、繊細なボールコントロールと併せて【心】のコントロールの正確さこそが荒木投手の真骨頂とも呼べたことと私は強く確信しています!
故に
そこから始まった
甲子園5季連続出場の偉業も
私には、ほぼ予測可能な当然の結果であったことは言うまでもありません。
まさに歴史に残る大投手ですね。